2025年3月4日

アメリカにとってウクライナは対岸の火事ではない

アメリカが欧亜を守っているのではない。その逆だ

アメリカ第5代大統領ジェームズ・モンロー(1758年―1831年)

ウクライナの和平を巡る2月28日のアメリカとウクライナとの大統領会談は、両首脳の口論の末決裂となった。ロシアが停戦協定を守る確証もないのに、ウクライナが鉱物資源をアメリカに提供するというのだから、初めから無理な交渉だったと言わざるを得ない。

それにしても、当事国のウクライナを差し置いて、ロシアと停戦交渉を進めようとするトランプ政権は、かつてヒトラーの恫喝に屈し、結局チェコスロバキアに犠牲を強いたチェンバレンの愚行を彷彿とさせる。アメリカとしては、金のかかるこの戦争を早いところ終わらせて、国富が吸い取られるのを食い止めたいと考えているように見える。だが、果たしてそれはトランプの個人的な打算であろうか。

意外に思われるかもしれないが、アメリカというのは元々内向きの国といえる。というのもこの国は、王政が支配的だったヨーロッパの「古い」慣習からの脱却を目的に建てられたからである。その結実が、1823年に大統領モンローが議会への教書の中で対欧方針を示したモンロー主義Monroe Doctrineである。これは、アメリカ大陸への植民活動の禁止(非植民の原則)、大陸勢力の西半球への拡大反対(非干渉の原則)、合衆国の欧州諸国の内政への非介入(非介入の原則)の三原則を謳うもので、当時ナポレオン戦争による荒廃から立ち直り、対外進出を図る欧州勢力を牽制する意図があった。

西半球から欧州勢力を徹底して排除するモンロー主義は、時と場合によってその適用範囲を変化させ、更にはカリブ海を「裏庭」にする口実にも利用された。が、いずれにしてもそれは、合衆国の独立と権益を確保するという方針で一貫していた。アメリカ大陸における独占的地位を手にしたアメリカは、度重なる戦争に明け暮れる欧州諸国を尻目に国力を増大させ、パナマ運河が開通する1914年頃には、欧州諸国のそれを凌駕するまでになっていた。

モンロー主義は、アメリカに繁栄をもたらした一方で、外の脅威に対する危機意識を闕けつ如じょさせる要因にもなった。その最たる例が、国際連盟への加入拒否である。大国の不参加により連盟の活動は制約的なものとなり、大戦の再来を防ぐことができなかった。当のアメリカも、第二次大戦勃発時は傍観に徹し、1941年日本に真珠湾を攻撃されるまで本格的に参戦することはなかった。

このように、孤立主義や西半球の自立というのはアメリカの国是とも言うべきものであるが、その実現性は極めて疑わしい。第二次大戦中にエール大学で国際問題の戦略を研究していたニコラス・スパイクマンNicholas Spykman(1893年―1943年)は、大西洋両岸の距離の近さや資源の賦存状況、南米の精神文化などを考慮すると、旧大陸勢力との対決は旧大陸において決着をつけるしかないと結論づけた。そして、旧大陸を取り巻く沿岸諸国と共同戦線を張ることを主張したわけである。つまり、モンロー主義の不毛さを逆手に取り、大陸勢力への包囲外交へと変貌させたことになる。これは、冷戦期の封じ込め政策containment policy、そしてその後のアメリカの世界戦略の萌芽とも言うべきものである。

スパイクマンによる東半球包囲の概念図11. Nicholas John Spykman, America’s Strategy in World Politics: The United States and the Balance of Power, New Brunswick: Transaction Publishers, 2008 (originally published in 1942 by Harcourt, Brace and Company, Inc.), p. 180.

アメリカが伝統的な孤立主義に回帰した今、トランプの言動は良くも悪くもアメリカの本性を体現している。だが、この世界を大陸勢力とその周囲との絶え間ない闘争として見ると、ヨーロッパやアジアがアメリカの軍事力にただ乗りしているとのトランプの考えは大きな誤謬であることがわかる。現実はそうではなく、ウクライナを含む欧亜は、アメリカの脅威に直接対峙する前線に立ち、アメリカに代わって戦っているのである。そうであれば、アメリカが前線に対して後方支援を惜しまないのは当然で、むしろ公平な取引だと言えよう。もしユーラシア全体が大陸勢力──ロシアでも中国でもどこでもいい──の軍門に降れば、その時点でアメリカにはもう勝ち目がないのである。だが、真珠湾攻撃やキューバ危機のようなウェイクアップ・コールがない限り、アメリカがこのことに気づくのは難しいかもしれない。

他方、前線に立つ欧亜の方も、自助努力を怠るべきではないだろう。欧亜が独力で防衛できるのであれば──あまり現実的ではないが──そもそもアメリカに頼る必要はないのだから。この点で、欧州諸国が国防費を増額することで一致したのは吉報である。

会談の中で、「〔アメリカは〕海に囲まれ、今は感じていないかもしれないが、将来は感じるだろう」というゼレンスキーの忠告を、トランプは「我々がどう感じるかについては語るな」と言って切り捨てた。「平和ボケ」は従来、観念的な平和主義から軍備増強に反対を唱える者を指して使われる語だった。だが本当は、トランプのような者にこそ相応しい渾名なのかもしれない。

 

1. Nicholas John Spykman, America’s Strategy in World Politics: The United States and the Balance of Power, New Brunswick: Transaction Publishers, 2008 (originally published in 1942 by Harcourt, Brace and Company, Inc.), p. 180.

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