2025年3月23日

基礎年金というフィクション

実態は厚生年金からの穴埋め


日本の公的年金はしばしば「二階建て構造」と言われる。厚生労働省曰く、まず20歳以上60歳未満の全国民が共通して加入する基礎年金部分にあたる国民年金があり、その上に会社員や公務員等が加入する厚生年金が上乗せされているとしている。

日本年金機構のウェブサイトより11. 「公的年金制度の種類と加入する制度」、日本年金機構、2023年4月3日。

だが、これは全くのまやかしというほかない。実際は、厚生年金は二階建てどころか、壁を鼠に齧かじられた平屋ともいうべきものである。

会社勤めの諸氏は自身の給与明細や「ねんきん定期便」を見てみてほしい。勤務先と半分ずつ支払った年金保険料のうち、いくらが「基礎年金」に当たるのかはわからないはずである。とはいえ、国民年金の保険料は月額で一律16,980円(2024年度)であるから、厚生年金に加入する第2号被保険者の負担も等しく同額と考えられるかもしれない。ところが、事はそう単純ではない。

基礎年金への醵きょ出しゅつ額は、各年金制度の基礎年金拠出金算定対象者数の比率で拠出金の総額を按分して決められる仕組みとなっている。このうち、国民年金では、未納者は算定対象者から除外され、免除者もその免除割合に応じて醵出額から減殺される。したがって、国民年金の未納者と免除者とが増えると、それだけ拠出金の単価上昇を通じて、厚生年金などの被用者年金に皺寄せが及ぶことになる。川瀬晃弘の2007年の分析によると、国民年金の納付率が1996年以降も85パーセントで推移すると仮定した場合と比較して、2003年度時点で被用者年金の加入者は年間一人当たり11,580円も多くの負担を強いられていたと推計されている。2003年当時の国民年金保険料は13,300円であったから、納付率の低下によって被用者保険加入者はちょうど年間で1箇月分余分に保険料を支払わされていたことになる22.川瀬晃弘「基礎年金拠出金の算定方法と国民年金保険料の未納問題」、公共選択学会『公共選択の研究』、第49号、2007年、32頁。。被用者年金において、醵出と給付とが対応関係にないことは明白である。

こうした事実から、各年金制度の「一階部分」が基礎年金という名の下共通化されているという説明は、実態を伴っていないことがわかる。共済年金は実際に厚生年金に統合されたものの、国民年金と厚生年金とは依然として分立したままであり、基礎年金なるものは、実は国民年金への厚生年金保険料の流用を正当化するために年金官僚が作り上げた虚構なのである。

なぜこのような奇妙な仕組みができあがったのか。

公的年金制度は元々、1941年に労働者年金保険(後の厚生年金)として創設されたのを端緒とし、続いて戦前の恩給制度から切り替えるかたちで、公務員対象の各共済年金が設けられたという経緯を持つ。一方、自営業及び農林水産業向けである国民年金の創設は1961年と後発であった。このように日本の公的年金制度は職業別に発足したわけであるが、1970年代から徐々にその弊害が露わになる。最も大きな課題は、オイル・ショック後の低成長により、年金財政、就中なかんずく財政基盤の脆ぜい弱じゃくな国民年金の財源が逼ひっ迫ぱくしてきたことである。そこで、1985年に基礎年金という名目の架空の勘定を設け、各年金制度から給付財源を持ち寄ることとしたのである。

制度間の財政調整でなく、わざわざフィクションによって制度体系の表面を繕ったのはなぜか。村上清は、財政調整の実務上の困難を挙げる。

財政調整の困難さは、すでに国鉄共済などで十二分に経験している。他から援助を仰ぐために、JR共済は、さまざまの方法で身を削らなければならなかった。厚生年金に比べて、負担は三割多く、一九九七年の厚生年金への統合に際しては、別途に一兆円の持参金(世代間扶養の理念に立てば不要な額)を厚生省から求められた。

JR共済と同じ理屈に立てば、統合で救済される国民年金は、厚生年金に相当な額の持参金を差し出さなければならないはずだが、なにもなかった。同じ時期に、船員保険(「海の国鉄」といわれるほどの財政難にあった)は厚生年金に統合されたが、在り金を持って移っただけである。別途の持参金はなにもなかった。国民年金も船員保険も同じ厚生省の所管で、身内には寛大で外には厳しいのが「タテ割り行政」の特徴である。33. 村上清『年金制度の選択──官僚のシナリオか国民の意思か』、東洋経済新報社、33―34頁。

(括弧内原著)

厚生労働省が今国会へ提出準備を進めている年金改正法案は、厚生年金の受給額を減らして、将来の基礎年金の底上げに回す内容だという。だが、厚生年金の給付が減額される先行期間が20年に及ぶ他、財界からは厚生年金の財源流用だとの反はん撥ぱつが出ている。まさしく1985年に基礎年金の導入で躱かわそうとした目的そのものを批判されているのである。根本的な課題が何ら解決されていない証左といえる。仮構で国民の目をくらます年金官僚の空想力には舌を巻くが、そうした姑息な弥縫策がいつまでも通用するものではない。租税への置き換えなど、そろそろ実態に即した改善に本腰を入れる時である。

 

1. 「公的年金制度の種類と加入する制度」、日本年金機構、2023年4月3日。
2. 川瀬晃弘「基礎年金拠出金の算定方法と国民年金保険料の未納問題」、公共選択学会『公共選択の研究』、第49号、2007年、32頁。
3. 村上清『年金制度の選択──官僚のシナリオか国民の意思か』、東洋経済新報社、33―34頁。

過去の記事