猖獗極める「多様性」の暴虐
常軌を逸した政治的妥当性の瘴気は止まる所を知らない。ウォルト・ディズニーが3月21日に公開した実写版映画の『白雪姫』Snow Whiteでは、『グリム童話』の原作と異なり、ラテン系の女優が主演に起用されたというのである。
原作では文字どおり「雪のように白い」はずの白雪姫が、この映画では「猛吹雪に負けない強い心を持つ女」という設定に変更されているという。それだけでなく、王子の代わりに山賊の青年、7人のこびとも従来と異なる姿で描かれるなど、登場人物のイメージが改変されている。11. 中藤玲「ディズニー『白雪姫』実写版が物議 配役や設定で文化戦争」、『日本経済新聞』、2025年3月22日(2025年3月23日閲覧)。
主演を務めたレイチェル・ゼグラーRachel Zegler当人は、1937年のディズニーによる同名のアニメーション映画での王子を「文字どおりのストーカー」呼ばわりし、作品を「奇妙weird」と断じて非難を浴びた。22. Stephanie Kaloi, ‘“Snow White” star Rachel Zegler angers conservatives and Disney fans, insists the movie’s Prince “stalks” her character’, TheWrap, 13 August 2023 (retrieved on 23 March 2025).
また、小人症の俳優ピーター・ディンクレイジPeter Dinklageが、実写版映画について、一方でラテン系役者を主役に抜擢する前衛的な面がありながら、他方で7人のこびとはなおも未開の洞窟で暮らしているままの「後進的な物語」と評した33. Ryan Parker, ‘Disney responds to Peter Dinklage’s “Snow White” live-action criticisms (exclusive)’, The Hollywood Reporter, 25 January 2022 (retrieved on 23 March 2025).。これに対しては別の小人症俳優から、お伽話に進歩観念を持ち込んで、勝手に自分たちの仕事を奪うなとの反論が寄せられている44. Jeremy Dick, ‘Peter Dinklage’s Snow White criticism draws ire from actors with dwarfism’, MovieWeb, 31 January 2022 (retrieved on 24 March 2025).。
ディズニーは、童話の実写映画を数々制作しては、その度ごとに──ちょうどイソップ寓話の「驢馬を売りに行く親子」のごとく──あれやこれやの「多様性」へ配慮した結果、悉く作品の世界観を台無しにしている。1997年のテレビ映画『シンデレラ』Rodgers & Hammerstein’s Cinderellaで、白人の国王に黒人の王妃、そしてその息子の王子がアジア系という珍妙な配役を見たときは失笑を禁じ得ないものだった。
おお、まさか自由社会の一員ともいえるアメリカの地において、さながら文化大革命の様相呈する事態を目撃することになろうとは。作品を尊重することと価値観を進歩させることとは、本来次元の異なる話のはずだ。にも拘わらず、価値観の前衛的な表現のためなら、たとい古典童話であろうがいくらでも改変してよい、という発想に至るのは悍ましいことである。
だいたい、少数者への配慮が足りないという異議申し立てなど、そのほとんどが言いがかりといってよい類のものである。例えば、「片手落ち」という言い回しは隻腕への差別だと難癖をつける者がいるそうだが、とんでもない暴言という外ない。というのも、まず第一に片手がないという解釈は誤りであること、第二にその誤った解釈によって言語に手を加えることは真理に背く行為であり、いかなる辯解をもってしても正当化できないからである。
あらゆる時代の頂点に立つと僭称して憚らない、こうした「お目覚め連中」wokistsと揶揄される徒党に与することで、失われるものは計り知れない。その害悪は、民間では文化や習俗の否定、公の場では中立性や正義の毀損という形態をとって現れる。例えば、淑女崇拝、アファーマティブ・アクション、クオーター制、性別の定義変更、「元男子」選手の女子出場枠といったことどもである。それらは連綿として受け継がれてきた紀律の崩落に外ならない。環境活動家を自称する者らが美術品を次々に破壊して回る光景は、「ウォーキズム」の寓意を含んであまりある。バンダリズムvandalismこそが彼らの本質である。
今日、多様性の号令の下、公正さや秩序が損なわれる事態に、我々は嫌というほどお目にかかっている。仮に、秩序の保護者であるべき法までもがかの暴徒に与するとなれば、残された者たちが造反の狼煙を上げるのは当然の帰結である。近年ヨーロッパで右傾化と呼ばれて久しい不寛容が、その潮流に沿ったものであることに、異論を差し挟む余地は全くないと思う。彼らは、人間社会が理想とするものに悉く裏切られ続け、幻滅させられてきたのである。

デモクラシー、法の支配、適正手続、……先人たちが人間の理性に望みをかけて築き上げてきたこうした叡智は、もはや期待され得ないものになり始めているのではなかろうか。ロシアのウクライナ侵掠に異議を唱えているのがほぼかつての列強諸国に限られるという事実以上に、このことを示すものはない。西洋が長い苦悩の末に導き出した智慧は、偽善者どもの奢侈に堕したとして、今や人類のその他大勢から既に見放されているのである。その西洋自身も、暗愚な指導者率いる北米合衆国を筆頭に、その偉大な財産を自ら抛棄しようとし始めている。世界は遠からず、暴政や無秩序が支配する未開社会に直面するであろう。情報技術が発達し、ロケットは頻繁に宇宙を飛び回る時代にありながら、我々は野蛮の再来を目の当たりにするのである。
1. 中藤玲「ディズニー『白雪姫』実写版が物議 配役や設定で文化戦争」、『日本経済新聞』、2025年3月22日(2025年3月23日閲覧)。
2. Stephanie Kaloi, ‘“Snow White” star Rachel Zegler angers conservatives and Disney fans, insists the movie’s Prince “stalks” her character’, TheWrap, 13 August 2023 (retrieved on 23 March 2025).
3. Ryan Parker, ‘Disney responds to Peter Dinklage’s “Snow White” live-action criticisms (exclusive)’, The Hollywood Reporter, 25 January 2022 (retrieved on 23 March 2025).
4. Jeremy Dick, ‘Peter Dinklage’s Snow White criticism draws ire from actors with dwarfism’, MovieWeb, 31 January 2022 (retrieved on 24 March 2025).