東アジアの未来と個人の自立
二千五百年の旅路の果てに
ここまで、我々は東アジアの精神的底流を形作ってきた「孔子の呪縛」という巨大な思想的イデオロギーを解剖してきた。
シナにおける絶対的皇帝権力と階層社会の固定化。李朝における過激な正統性論争と容赦のない道徳的糾弾。北朝鮮における「首領論」という社会主義を偽装した過激な朱子学的ディストピア。そして現代日本における、家庭、学校、職場を覆う「空気」という名の同調圧力。
一見すると、それぞれ異なる政治体制、異なる経済発展のフェーズにある東アジアの各国だが、その表皮を一枚剝ぎ取れば、驚くほど酷似した「精神の骨格」が露わになる。それは、個人の「私」を徹底的に抑圧し、共同体の「公」や「指導者」を無謬の存在として絶対化し、異なる意見や異分子を「悪」として徹底的に粛清する、あの冷酷な二元論のシステムである。
我々は今、歴史の重大な分岐点に立っている。少子高齢化、経済の停滞、国際社会の分断、そしてデジタル監視技術の高度化。これら現代の危機に直面したとき、東アジア社会はしばしば、かつての「使い慣れた呪い」へと先祖返りしようとする。再び強力な「聖王」を求め、再び「滅私奉公」を美徳とし、再び「礼」による相互監視を強化しようとする。
最終回では、この二千五百年続いた精神の檻をいかにして解体し、東アジアの未来において「真に自立した個人」を打ち立てるべきなのか、その具体的な処方箋を提示する。呪いを解く鍵は、輸入された安易な西洋化の中にはない。東アジア自体の歴史と、私たち自身の内面を冷徹に見つめ直す、知的な闘争の中にこそ存在する。
総括――「理」の独占がもたらした精神の不妊
まず、私たちが解体すべき「呪い」の正体を、今一度シンプルに定義しておかねばならない。
儒教、就中その完成形である朱子学が東アジアにもたらした最大の病理とは、「正しさ」を一元化し、それを権力と直結させたことにある。
伝統的な東アジアの統治論において、「理」と「権力」は切り離せない。最も道徳的に優れた人格者が君主となるべきであり、逆に言えば、現に権力を握っている者は、その地位にあること自体によって「道徳的優位性」を証明されていると看做される。
この構造がもたらす悲劇は、健全な批判の足場が社会から失われることである。
西洋的な近代デモクラシーにおいては、権力は利害調整の道具にすぎず、絶対的な正義ではない。そのため、市民は権力を疑い、監視し、必要であれば取り替えることができる。しかし、東アジアにおいては、権力を批判することは単なる政治的反対ではなく、「絶対的な正義に対する反逆」と目されてしまう。北朝鮮の宗派粛清も、日本のネット空間における「不謹慎狩り」や「自粛警察」も、根柢にある心理は同一である。
この「理」の独占は、人々の内面に深刻な精神の不妊をもたらした。自らの頭で何が正しいかを考えるのではなく、「周囲はどう動いているか」「お上や世間は何を求めているか」を過剰に察知し、最適化することだけが生存戦略となる。その結果、傑出した天才や、既存の枠組みを破壊するイノベーターは事前に摘み取られ、社会全体が「正論」という名の思考停止によって硬直化していく。
なぜ「近代」は誤訳されたのか
しかし、我々は明治維新や戦後の民主化を経て、とっくに西洋式の自由や人権といった価値観を導入したはずではないか、という反論があるかもしれない。
確かに、我々の社会には憲法があり、議会がある。しかし、それはいわばハードウェアを導入しただけであり、それを動かすソフトウェアは旧態依然の儒教的価値観のままであった、と指摘せざるを得ない。東アジアは、西洋の近代を根本的な部分で「誤訳」してしまったのである。
西洋における権利rightsとは、国家や社会に先立って個人が生まれながらに持つ、不可侵の防壁である。しかし、東アジアにおいて権利とは、しばしば「共同体の秩序を乱さない範囲において、お上から恩恵として与えられるもの」と解釈されてきた。そのため、権利を主張する人間は、自立した市民ではなく、自己中心的で、全体の和を乱す迷惑な存在と見られがちである。
資本主義の受容においても同様である。本来、資本主義は個人の際限のない欲望と競争を原動力とするシステムだが、日本型経営に代表される東アジアの資本主義は、会社を「擬似的な家族」とすることで、労働者に「忠」と「滅私奉公」を要求した。高度経済成長期においては、この「民主主義と資本主義の皮をかぶった儒教」が、驚異的な集団的パフォーマンスを発揮したことは事実である。しかし、成長が止まり、個人の多様性が求められる現代において、この誤訳された近代のシステムは、若者を追い詰める「精神の檻」へと変わり果てている。
「呪い」を解くための思想的アプローチ
では、この呪いをいかにして解くか。私たちは単に儒教を全否定し、欧米の個人主義をそのままコピーすれば救われるのだろうか。否、それでは血肉化された儒教的価値観が拒絶反応を起こすだけである。よりよい解決策は、東アジアが持つ独自の思想的資源を再掘鑿し、儒教の毒を相殺する「解毒剤」を内部から精製することにある。
抵抗権としての易姓革命
儒教の内部でダイナミズムを持っていたのが孟子である。彼は、民衆を苦しめる王はもはや王ではなく、ただの「一夫」であり、これを引きずり下ろすことは正義であると説いた。これは、ジョン・ロック以来の社会契約論や抵抗権にも通底する。
我々はお上や世間に「従順に従う」荀子的な礼治ばかりを教育されてきた。だが、「正しくない権力、民を害するシステムには従う義務がない」という孟子的な抵抗の倫理を組み込んでこそ、真に儒教を理解したことになる。
老荘思想による「無為自然」と「用の美」の恢復
儒教が「ああせねばならない、こうせねばならない」という「過剰な作為(礼)」の思想であるならば、その最大のライバルであった道家(老子、荘子)の思想は、「何もしないこと、役に立たないことの豊かさ」を説く。
社会の役に立たなければ価値がない、親の期待に応えなければならないという強迫観念に対し、「役に立たないからこそ、天寿を全うできるのだ」という荘子の「無用の用」の思想は、現代の生きづらさに対する福音となろう。
禅的な「一人の覚悟」の獲得
儒教が常に「関係性の中での自己」を規定するのに対し、仏教、特に禅は「ただ一人、宇宙と対峙する自己(唯我独尊)」を求める。関係性から完全に切り離された、絶対的な孤独の中で自らの足で立つこと。この「関係性の全否定」というステップを経なければ、いつまでも「世間」という見えない網の目から抜け出すことはできない。
「世間」なき個人の連帯へ
二千五百年前に孔子が目指した理想社会とは、戦乱の世を終わらせ、人々が秩序と礼節を持って平和に暮らす世界であった。その動機自体は高潔なものであったかもしれない。しかし、その思想が権力と結びつき、硬直化した結果、我々は秩序と引き換えに個の魂の自由を差し出すという苛酷な取引を何世紀も続けさせられてきた。
しかし、もうその取引を終わらせる時である。
現代の東アジアにおいて、静かな、しかし決定的な変化が始まっている。若者らは、結婚して、子を産み、会社に尽くすという儒教的な人生のゲームから次々と降り始めている。韓国の「非婚」、中国の「寝そべり族」、日本の「ソロ社会化」。「沈滞のサイン」のように見えるこれらの潮流は、実は儒教的価値観に対するサボタージュに外ならない。
少子高齢化、非婚化、孤独死が叫ばれて久しい。しかしそれは、古い共同体の檻から抜け出した個人の必然的な通過点である。
目指すべき東アジアの未来とは、国家のイデオロギーや「世間」というドグマによって強制的に縛りつけられた集団の社会ではない。自らの足で立ち、自らの頭で考え、自らの幸福に責任を持つ自立した個人が、その必要に応じて緩やかに、かつ対等につながり合う個人の連帯の社会である。
内なる孔子の亡霊を打ち破り、各人が「私」を取り戻したとき、東アジアは初めて呪縛から解き放たれ、真の意味での近代、否、その先にある新しい人類の自由の地平へと到達することができるだろう。
長い旅の終わりは、諸兄の、明日の小さな「叛逆」から始まる。
(「孔子の呪縛」――完)