近代的な自由を享受しているはずの東アジアで、なぜ我々はこれほど息苦しいのか。その筆舌に尽くしがたい同調圧力や、個を圧殺する「世間」の視線の正体こそ、形を変えて社会の深層に居座り続ける儒教の遺産である。

この連載では、二千五百年前に狂い咲いたこの思想体系が、極東の歴史の中でいかに過激化し、現代に至るまでの全体主義や機能不全の病理を生み出してきたのかを検証する。

中国の強権政治から、李氏朝鮮での苛烈な道徳糾弾、北朝鮮のカルト的首領論、そして日本社会に蔓延する集団主義の美学に至るまで、各国の表皮を一枚剝ぎ取れば、驚くほど酷似した精神の檻が姿を現す。

これは、単なる過去の思想史の講釈ではない。今なお我々の精神を支配し、無意識の自己検閲を強いる「呪い」の正体を突き止め、そこから離反することで、自立した「個」を取り戻すための闘争の記録である。