正義、人権という崇高な名辞が醜悪な利権へと堕ちるとき
かつて大阪府内の公立小中学校に通っていた者なら誰もが知る、一冊の冊子がある。同和教育の副読本『にんげん』(写真)である。表紙に描かれた、意志の強さを湛えた子どもの鋭い眼差しは、建前上「現実を直視し、差別に立ち向かう勇気」の表象であった。
しかし、この冊子にはもう一つの側面があった。それは、行政が特定の運動団体と密接に結びつき、全児童生徒への無償配付という形で巨額の公金を投じ続けた「聖域化された教育」の象徴である。1970年代から2000年代にかけて、大阪の教育現場では、部落解放同盟(解同)の傘下組織によって編纂された『にんげん』を用いた授業が、「解放教育」の柱として、「道徳の時間」の定番となった。その教育内容は、単なる道徳学習から逸脱し、時に特定の政治的立場を正当化する道具となり、教育委員会や教職員集団が運動団体の強い影響下に置かれる構造を強化していった。この「教育という名の防波堤」こそが、後に続く行政腐敗や利権の温床を、市民の批判から遠ざける役割を果たしていた事実は否定できない。
目次
歴史的背景──なぜ大阪が同和利権の「主戦場」となったのか
大阪に被差別部落が圧倒的に多く存在し、且つそれらが強力な政治力を持つに至った理由は、この地が中世から近世にかけて日本最大の経済、軍事、行政拠点であった歴史に深く根ざしている。
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