社会系の学問における歴史の役割は、自然科学における実験のそれと対比することができる。林檎を手放せば床に落ちる。しかし、誰かが林檎を受け止めて床に落ちなくなるということも当然有り得る。だが、誰かが林檎を受け止めるというのは、いつどこでも起こり得る事象ではない。実験とは、そういう特殊的・偶発的な要素を捨象し、特段何の変化も起こらなければ手放した林檎は床に落下する、という一般的な傾向を見極める営みなのである。こうして我々は、かの有名な万有引力の法則を自らの目で確かめることができるわけだ。

社会系の学問が扱う人間の活動も広い意味での自然現象である以上、当然自然科学と同様の観察が必要となる。だが、人間の動きというものを実験室で再現することは不可能である。そこで、過去の事例として歴史が持ち出されるわけだ。したがって、歴史を学ぶにあたっては、どの出来事が一般的・普遍的な要素で、どの出来事が特殊的・偶発的な要素なのかを、常に念頭に置かなければならない、ということになる。そして、歴史上のある出来事を一般的・普遍的であると判断する基準は、それが他の時代や地域にも通ずるものかどうか、という点に求められる。だからこそブルクハルトは、「歴史とは、他の時代にとって注目に値すると判断したものの記録である」と言ったのである。

例えば、第一次世界大戦の原因はサラエボでのオーストリア皇太子の暗殺事件だ、と言った場合、それはそれで正しいけれども一面的な見方だと、この時代の歴史を知っている者ならば誰もが思うだろう。そうではなく、スラブ民族と擡頭するドイツ人との対立が原因であり、後者が前者を抑圧しようとする兆候が現れ始めた時期にこの事件は起こったのだ、という説明ならば、合理的な解釈だという評価が与えられ、これこそ真の原因だとさえ言う者も出て来るだろう。なぜなら、「ドイツ人の擡頭」というキーワードから、英国やロシア、フランスが参戦した理由も説明がつくからである。つまりここでは、「ドイツ人の擡頭」が歴史的説明の主軸であり、「サラエボの事件」はあくまで従属的なものなのである。「ドイツ人の擡頭」が説明の主軸に選ばれるのは、それが他の出来事や現象の解釈にも適用が可能だからだ。そして、適用可能な時間的・空間的範囲が広ければ広いほど、その要素は普遍的なものとして認識され、予測可能性を有する有益な考え方という地位を獲得するのである。

ことのついでにここで述べておくが、学問における予測可能性のことを、「いつ、どこで、何が起こるか」を事細かに予言するものだというふうに誤解しないよう注意していただきたい。ここで言う予測可能性とは、あくまで一般的な傾向や法則の持つ性質を言い表したものだ。その傾向・法則は、普遍的であること、すなわち「いつでもどこでも成り立つ」という意味においてのみ、予測可能性を担保する。但し、冒頭で述べた通り、その「いつでもどこでも成り立つ」というのは、「特殊な事情がない場合に限る」という条件が予め前提とされているのだから、所謂きっかけなどの偶発的事象を含めた予測は、初めから度外視されているのである。したがって、水晶玉を覗くような行動を学問に期待するのは、全くのお門違いだ。物理学でさえ、マイクロメートルの精度で同じ地点に球を着地させることは実験室で再現できないし、況んや誰かが落ちた球を受け止めるかどうかなど考慮されているはずがなかろう。仮にどこかの歴史家が、何月何日にどこの国で革命が起きるだろうという趣旨の論文を発表したとしたら、その記事が載っている雑誌は多分学術誌ではなく、いつも大駄法螺を吹いている週刊誌くらいのものだろう。