2023年7月7日

迷走するアファーマティブ・アクション

アファーマティブ・アクションは白人優遇の二番煎じ

警察官による黒人男性殺害事件への抗議デモ(アメリカ・ミネソタ州ミネアポリス、2020年5月) (CC BY 2.0) Fibonacci Blue

アメリカの連邦最高裁判所が6月29日に違憲判断を示した、大学入試におけるアファーマティブ・アクション(affirmative action、積極的差別是正措置)と呼ばれる優遇措置は、白人より不利な立場にあるとされる黒人らに機会を保障することを目的として、1960年代の公民権運動を機にアメリカで広まったものである。

アファーマティブ・アクションは白人層から長らく逆差別との批判を受けてきたが、今回の訴訟で特筆すべきは、原告の保守派団体がアジア系への差別を強調した点にある。そしてこれは、アファーマティブ・アクションの施策そのものの不完全性を浮き彫りにする。

排除された「優秀だが異質な」アジア系

アファーマティブ・アクションが逆差別であるとの白人の異議申し立てを受け、連邦最高裁が人種に基づく数値目標による入学者銓衡を違憲とする判決を下した1978年以降、アメリカの大学における非白人学生の割合は停滞していたが、アジア系の大学進学率は対照的にめざましい上昇を示した11. Jeremy Ashkenas, Haeyoun Park, and Adam Pearce, ‘Even with affirmative action, Blacks and Hispanics are more underrepresented at top colleges than 35 years ago’, New York Times, 24 August 2017 (retrieved on 7 July 2023).。それに伴って、多くの大学でアジア系は優遇措置の対象から除外されるようになった。

だが、アジア系を白人と同等の扱いにしたはずの措置は、その後差別的だという非難をアジア系から受けることになる。その内容は、優秀であるという理由で不利な立場に置かれたことで、「学業に優れても人物面で劣る」というアジア系へのステレオタイプを、入試制度は結果的に体現しているといったものであった。22. 南川文里「アファーマティヴ・アクションはアジア系差別か──『公平な入試』論争とアメリカの人種秩序」、『大原社会問題研究所雑誌』、No. 761、2022年3月、40頁。

アジア系に対するこうしたステレオタイプは「モデル・マイノリティー(model minority)」と呼ばれ、1960年代頃からアメリカのメディアによって発信された内容が基となった。例えば、高い学業成績、良好な識字率、大学への高い出席率といったものである33. 「モデルマイノリティとは・意味」、『IDEAS FOR GOOD』(2023年7月7日閲覧)。。「優秀」であるがゆえに、マイノリティーという「異質」な存在でありながら、支援の優先度を下げられるという制度的な矛盾が顕在化したのである。

アジア系差別を強調する保守層のアファーマティブ・アクションへの批判は、その正当性を覆す有効な反証であるかに見える。しかしながら、保守層の思惑とは裏腹に、アジア系アメリカ人のアファーマティブ・アクションに対する態度は一様ではない。実際、アジア系アメリカ人の間ではおよそ7割がアファーマティブ・アクションを支持している44. Jennifer Lee, Janelle Wong, and Karthick Ramakrishnan, ‘Asian Americans support for affirmative action increased since 2016’, Data Bits, AAPI Data, 4 February 2021 (retrieved on 7 July 2023).。また2016年の調査では、アメリカで生まれ育った後期世代は移住してきた世代よりもアファーマティブ・アクションを支持する傾向が3倍高い55. Jennifer Lee and Van C. Tran, ‘How Harvard admissions can be a barometer of our deepest divides’, Cable News Network, 27 September 2019 (retrieved on 7 July 2023).。現状のアファーマティブ・アクションに反対するアジア系でも、完全なる能力主義を望む者もいれば、当初のアファーマティブ・アクションに再包摂されることを望む者もいるであろう。保守層とアジア系とでは同床異夢と言わざるを得ない。

差別是正の陰に残る白人優遇

更に見逃せないのが、レガシー入試(legacy admission)の存在である。これは、卒業生や寄付者の子女を優遇する制度で、実態として裕福な白人学生を優先的に受け入れる枠組みとして機能しているといわれている66. 南川文里「アファーマティヴ・アクションはアジア系差別か──『公平な入試』論争とアメリカの人種秩序」、『大原社会問題研究所雑誌』、No. 761、2022年3月、45頁。。元はユダヤ人や天主教徒カトリックの学生数を抑制する目的で1920年代に始まったものらしい。

日本ならば裏口入学だと眉をひそめられるであろうこうした露骨な縁故採用が、アメリカの名門大学では今なお公然と行われているのである。そして、アファーマティブ・アクションがレガシー入試の二番煎じであることは論を俟たない。つまるところ、黒人や中南米系に対する優遇措置は、レガシー入試と表裏一体のものであり、白人の既得権たる旧来の風習を温存する見返りに与えられたものといえる。その見返りからこぼれ落ち、既得権もないアジア系だけが割を食っているというのが、アメリカ社会の「多様性」の実態なのである。

メリトクラシーに回帰せよ

左派の信奉者たちがいくら多様性だの包摂だのと辯明しようとも、アファーマティブ・アクションというのは依怙贔屓えこひいきの寄せ集めでしかないことがわかる。無論、アファーマティブ・アクションに異議を唱えながら、レガシー入試に対してだんまりを決め込む保守層も同類である。両者は、互いに反目しながらも、旧来の陋習ろうしゅうを後生大事に守っている一種の共犯関係にあるのである。

アファーマティブ・アクションの一番の問題点は、優遇の欠点を別の優遇で補っているところにある。だから、アジア系のような、完全に弱者とはいえない存在をどう処遇するかという問いに答えられないのである。弱者とは何か、差別とは何か、公平とは何か、当事者らはもうそれらの定義がわからなくなっているのではあるまいか。

この問題を解決するには、臆測を呼ぶ優遇措置の塗り重ねを一切廃し、明確な基準で透明性を高めるしかない。つまり、メリトクラシー(能力主義)の徹底である。メリトクラシーに何ら問題なしとはせぬが、少なくともメリトクラシーは縁故主義や階級といった因習的な制度の克服を原理にしたもののはずである。忘れてはならないのは、そもそもアカデミアはメリトクラティックな世界だということだ。

 

1. Jeremy Ashkenas, Haeyoun Park, and Adam Pearce, ‘Even with affirmative action, Blacks and Hispanics are more underrepresented at top colleges than 35 years ago’, New York Times, 24 August 2017 (retrieved on 7 July 2023).
2. 南川文里「アファーマティヴ・アクションはアジア系差別か──『公平な入試』論争とアメリカの人種秩序」、『大原社会問題研究所雑誌』、No. 761、2022年3月、40頁。
3. 「モデルマイノリティとは・意味」、『IDEAS FOR GOOD』(2023年7月7日閲覧)。
4. Jennifer Lee, Janelle Wong, and Karthick Ramakrishnan, ‘Asian Americans support for affirmative action increased since 2016’, Data Bits, AAPI Data, 4 February 2021 (retrieved on 7 July 2023).
5. Jennifer Lee and Van C. Tran, ‘How Harvard admissions can be a barometer of our deepest divides’, Cable News Network, 27 September 2019 (retrieved on 7 July 2023).
6. 南川文里「アファーマティヴ・アクションはアジア系差別か──『公平な入試』論争とアメリカの人種秩序」、『大原社会問題研究所雑誌』、No. 761、2022年3月、45頁。



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