商業化によるソーシャル・メディアの変容と公開メディアの本質
イーロン・マスクによって「X」と改名された「Twitter」。ボットへの対策として少額課金を検討しているとマスクが発言したことによって、このソーシャル・メディアが完全に有料化されるのではないかとの臆測が流れたが、結局のところそれはマスクの本意ではないということで、ひとまずこの騒動は決着しそうである。11. 池田勇人「イーロン・マスク氏、『X(旧Twitter)有料化』のニュースを遠回しに否定。『有料化するのかしないのか議論』にようやく決着か」、『BuzzFeed』、2023年9月21日(2023年9月23日閲覧)。
とはいえ、確実に言えるのは、「Twitter」が一私企業によって運営されている公開メディアである以上、この先もユーザーが期待するような姿にはならないだろうということである。
2つの側面
短文を投稿したり転送したりするという「Twitter」の仕様は、創業者ジャック・ドーシーが2006年に打ち出した発想による。2007年、テキサス州オースティンのイベントで実演されたのをきっかけに、急速に人気を博した22. Courtney Boyd Myers, ‘5 years ago today Twitter launched to the public’, The Next Web, 15 July 2011 (retrieved on 23 September 2023).。その後、災害や事件の第一報を伝えたり、流行の話題を創出したりするための媒体として主要な地位を築くに至った。
ツイッターは2012年以降、デトロイトにオフィスを開設したのを皮切りに、広告ビジネスを展開した。だが、知名度に比してツイッターはほとんど利益を上げることができず、累積赤字が積み上がるという状況であった。嗜好の細分化により認知度の獲得に寄与しなくなるというターゲティング広告の限界が背景にあると言われている33. 松本淳「YouTube、Twitter、Netflix…大手のビジネスモデルが完全崩壊 ネットが“お金を払って広告を見る時代”に突入するこれだけの理由『月9000円分ネットCMを見る若者も…』」、文春オンライン、2022年12月8日(2023年9月23日閲覧)。。広告媒体としての信頼度を向上させる目的で行った有害アカウントの排除やコンテンツの選別も、人件費の増大を招いただけでなく、一般アカウントまで意図せずに凍結される事例が頻発したことで、恣意的な運営をしているのではないかとの疑心暗鬼をユーザーの間に生ぜしめた。
以上の経緯からわかることは、短文を中心としたコミュニティーであると同時に広告媒体でもあるという、このメディアの2つの側面である。そして、当初想定されていた前者の機能が、後者の商業的な目論見を達成しようと試行錯誤する途上で損なわれていく過程が窺える。
企業の広告媒体からインフルエンサーの広告媒体へ
イーロン・マスクによる買収後もこの傾向は変わっていない。収益性の改善を見込んで、マスクは有料会員サービス「X Premium」(旧「Twitter Blue」)の機能充実を図っている。アカウントの認証マーク、投稿の優先表示、字数制限の緩和などが特徴で、競合の「Facebook」を運営するメタもこの動きに追随している。
メタの広報担当者は、有料サービスの目的について、「新進気鋭のクリエイターが、より早く存在感を高め、コミュニティーを構築できるように支援する」ことだと『ウォール・ストリート・ジャーナル』に語った44. Alexandra Bruell, ‘Facebook parent launching “Meta Verified” subscription service’, The Wall Street Journal, 19 February 2023 (retrieved on 23 September 2023).。すなわち、ユーザー課金型へのビジネス・モデルの転換は、結局のところ、企業から所謂インフルエンサーと呼ばれるコンテンツ・ビジネスを手がける個人に、収益源が置き換わったに過ぎないことを意味する。
当初ソーシャル・メディアは、ユーザー相互の交流を目的として立ち上げられたはずだった。だが、商業化の過程の中で、運営側はどうしても広告主あるいは課金ユーザーを他のユーザーから差別化せざるを得ない。結果、プールされたアカウントの群れは、宣伝の客体として単なる観衆へと回帰することを余儀なくされるのである。有料化をめぐる騒動の背景には、交流を目的とするユーザーと収益化を目的とする運営側との間に横たわる、こうしたソーシャル・メディアへの認識の差異が根柢にある。
分散型SNSは「Twitter」の解決策にはならない
ジャック・ドーシーはこうした反省の下、「Twitter」に代わる媒体を開発している最中である。現行の電子メールの仕組みを応用するかたちで、特定のプラットフォームに依存しない形態を新たに作り出すもので、類似のサービスも他にいくつか現れ始めている。だが、こうした仕組みは現在の「Twitter」の課題を解決するものではない、というのが筆者の当面の見立てである。
確かにソーシャル・メディアの商業化は広告媒体への変容をもたらした。だが、根本的なことを言えば、その背後には無視できない公開メディアのもつ性質がある。それは、迷惑動画の例が示すように、オープンなコミュニケーションの場で必ずといっていいほど働く、認知を得ようとする動機である。分散型SNSもこの傾向から免れることはできない。
仮に他のプラットフォームにアカウントの移し替えが可能になったとしても、それはメーリング・リストとほとんど変わらない代物であろうと思われる。「Twitter」のような大規模なネットワークが分散化のプロトコルに開放されれば、現状の課題は改善されるどころか、ますます拍車がかかるのではあるまいか。ちょうど、受信ボックスに入ってくるメール・マガジンは、そのほとんどがスパムでしかないように。
1. 池田勇人「イーロン・マスク氏、『X(旧Twitter)有料化』のニュースを遠回しに否定。『有料化するのかしないのか議論』にようやく決着か」、『BuzzFeed』、2023年9月21日(2023年9月23日閲覧)。
2. Courtney Boyd Myers, ‘5 years ago today Twitter launched to the public’, The Next Web, 15 July 2011 (retrieved on 23 September 2023).
3. 松本淳「YouTube、Twitter、Netflix…大手のビジネスモデルが完全崩壊 ネットが“お金を払って広告を見る時代”に突入するこれだけの理由『月9000円分ネットCMを見る若者も…』」、文春オンライン、2022年12月8日(2023年9月23日閲覧)。
4. Alexandra Bruell, ‘Facebook parent launching “Meta Verified” subscription service’, The Wall Street Journal, 19 February 2023 (retrieved on 23 September 2023).