2023年10月21日

言葉に依存する限り、AIが「ほんとうに」理解することはない

AIの抱える記号接地問題

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「ChatGPT」のような生成AI(人工知能)は関連度合いの高い単語を並べていくという原理で成り立っているため、その回答が統計的推論に留まることは先日述べたとおりである。とはいえ、事物の連関を指し示すのが言語の機能であるから、言語の扱いのみに着目するならば、AIは十分その務めを果たしていると言えなくもない。裏を返せば、ここにAIと人間との深い断絶を見出だすことができる。なぜなら、我々人間は言語だけでなく、それ以外の手段も併用しながら、森羅万象を理解しているからである。

自分が見ている光景が、他者にも全く同じように見えている保証はどこにもない。そんなことは、自分が他者の身体と入れ替わりでもしない限り立証不可能である。にも拘わらず、他者と共通の理解が成り立っているのは、自己と他者とが同じ認識の枠組みを持っているからだと論証したのがカントであった。

カントは『純粋理性批判』(Kritik der reinen Vernunft, 1781)において、人間に具わる認識の仕組みを、感性(Sinnlichkeit)、悟性(Verstand)そして理性(Vernunft)の3つに分けた。そして、事物は感性の形式である時間と空間とによって直観(Anschauung)として捉えられ、悟性の形式であるカテゴリー(Kategorie)を通じて概念(Begriff)が形成される。ここで初めて事物は統一的な対象として成立するとカントは説明した。カテゴリーなくして対象は成立しないゆえ、時空のみならずカテゴリーもまた主観的なものでなく、経験に先立つ(a priori)客観的妥当性を有することになる。

感性と悟性とによって判断された対象認識を更に推し進め、統一して体系づける能力が理性である。理性は推論、反省の能力を操る。これは直観的な認識とは全く形式を異にし、高度で抽象的な思考を担うものである。ここで行われる思慮が、まさしく動物の意識から人間の意識を区別するものに外ならない。そしてその思慮の仕方を体現するものが言語というわけである。

動物は感じとり、そして見る。人間はこれ以外に考え、そして知る。なにかを欲するのは両者に共通する。動物が自分の感覚や気分を伝えるのは身振りと声によってである。人間が他人に思想を伝えるのは言葉によってであり、あるいは、思想を隠すのも言葉によってである。言葉は、人間の理性の最初の産物であり、その必然的な道具である。だからギリシア語やイタリア語では、言葉と理性は、同じ語で表わされる。すなわちὁ λόγοςil discorso。(ドイツ語の)理性Vernunftは、聴き取ることVernehmenからくるのであるが、これは単なる聞くことHörenと同義語ではなく、言葉によって伝えられた思想内容に気がつく、というほどの意味である。理性はもっぱら言葉のたすけを借りて、そのもっとも重要な仕事を果たしていく。11. アルトゥール・ショーペンハウアー(西尾幹二訳)『意志と表象としての世界I』(中公クラシックス)、中央公論新社、2004年、88―89頁。

──アルトゥール・ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』(圏点原著、括弧内訳者)

このように、人間の認識というものは、感性に始まり、悟性を経て理性に至る。これら3つが全て揃わなければ、本当の意味で理解できたことにはならない。理性が欠けていれば我々は動物的な愚鈍に留まるであろうし、理性があっても感性や悟性が欠けていれば誤謬に陥る。

人間が理性に先立って直観から理解するものであることは、あらゆる言語における数多の譬喩表現の存在が証明している。これらは認識を抽象から直観に回帰させる働きのものだからである。ある統計を示すなら、文章で延々と述べるだけでは駄目で、視覚に訴える図表が必要なのである。

いくらAIがもっともらしい回答を出したとしても、それが理解していることの証明にならないのは、言語の支配する推論から一歩も出ることなく、したがって直観に基づく認識を獲得できていないからである。かかる弱点は記号接地問題(symbol grounding problem)と呼ばれ、かれこれ30年以上も前から議論されてきたという。無論、「ChatGPT」もこれを克服するものでは全くなく、「理解しているふりをするのは非常にうまくなった」22. 今井むつみ「算数が苦手な子どもはAIと似ている 『記号接地問題』とは?」(「ChatGPTが人間を変える──認知科学者の警告」)、『日経ビジネス』、2023年6月29日(2023年10月21日閲覧)。に過ぎない。それはとりもなおさず、我々が理性の領域でしばしば陥る誤謬の陥穽そのものの再現でもある。

 

1. アルトゥール・ショーペンハウアー(西尾幹二訳)『意志と表象としての世界I』(中公クラシックス)、中央公論新社、2004年、88―89頁。
2. 今井むつみ「算数が苦手な子どもはAIと似ている 『記号接地問題』とは?」(「ChatGPTが人間を変える──認知科学者の警告」)、『日経ビジネス』、2023年6月29日(2023年10月21日閲覧)。



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