「善性」の衒示的消費は分断を生む
また欧州による勝手な環境基準が設けられた。水素を製造する過程で出る二酸化炭素の削減基準が7―8割に引き上げられたというのである。これにより、再生可能エネルギーの普及が遅れている日本の水素生産は一層不利になる。だが、水素の製造過程でどれだけ二酸化炭素を減らせれば環境保護目的に適うかの国際的な合意はまだない。
「グリーン」の各国間の合意がまだ存在しない中、欧州は環境分野で自らに有利な基準を世界に広めている。日本のハイブリッド車を狙い撃ちするかのように自動車の排ガス中の二酸化炭素量を厳格にしたり11. 「環境配慮の『グリーン』定義、世界に広まる欧州ルール」(『日経産業新聞』)、『日本経済新聞』、2022年5月5日。、環境規制の緩い国からの輸入品に関税を課する「国境炭素調整措置(CBAM)」を導入したり22. 竹内康雄「EU加盟国、国境炭素税導入で基本合意」、『日本経済新聞』、2022年3月16日。したのはその例である。これは実質的な保護主義といえる。
看過できないのは、善性の仮面をかぶった彼らお得意の偽善的態度である。というのも、これは今欧州で猖獗を極めているポピュリズムと軌を一にしているからだ。
昨年11月にイギリスのグラスゴーで開かれた国連気候変動枠組条約締約国会議(COP26)で、石炭火力の利用に関する合意文書の表現をめぐって一悶着あったことは記憶に新しい。2020年までに行われるはずだった先進国から途上国への排出削減に向けた資金支援が、2022―2023年にずれ込んでいたことを棚に上げて、議長国の英国はあくまで石炭火力の「段階的な廃止(phase-out)」にこだわった。これに対して、途上国からは「炭素(カーボン)植民地主義にとらわれるのを拒否する」33. 竹内康雄「COP26、立ちはだかった中印 土壇場で文書修正」、『日本経済新聞』、2021年11月14日。という反撥の声が上がった。当然だ。そもそも英国の電力構成に占める石炭火力発電の割合は2パーセントに過ぎず44. 土田陽介「COP26『脱炭素』と原発推進の不都合な現実…ヨーロッパ主要国が急進する理由は『電源構成』でわかる」、『Business Insider Japan』、2021年12月7日。、要するに英国は自分が容易に達成できる目標を各国に押しつけていたにすぎない。にもかかわらず、会議の最後に議長のアロク・シャーマが泣き真似をするとは、臍が茶を沸かすというものだ。達成不可能な目標で発破を掛ける「チャレンジ」は、某日本企業だけにしてもらいたい。
資金に乏しい途上国にとって、何十年も先の地球環境を案ずるのは所詮金持ちの道楽にすぎない。欧州のルールメーカーたちには、ちょうどいま自分たちの土地で、ブランド物で身を着飾るかのごとく「善性」をひけらかす有閑階級が下層民から竹篦返しを受けているありさまを、ゆめゆめ忘れるべきではないと警告しておく。やがて「パンがなければお菓子を食べればいい」と口走ったと糾弾されて、首を切られたくなければ。
1. 「環境配慮の『グリーン』定義、世界に広まる欧州ルール」(『日経産業新聞』)、『日本経済新聞』、2022年5月5日。
2. 竹内康雄「EU加盟国、国境炭素税導入で基本合意」、『日本経済新聞』、2022年3月16日。
3. 竹内康雄「COP26、立ちはだかった中印 土壇場で文書修正」、『日本経済新聞』、2021年11月14日。
4. 土田陽介「COP26『脱炭素』と原発推進の不都合な現実…ヨーロッパ主要国が急進する理由は『電源構成』でわかる」、『Business Insider Japan』、2021年12月7日。